Anything Goes (again) ...

Yahooブログから移りました

いいかげん、マスコミに踊らされるのはやめようよ

iPadを「電子書籍」と関連づけて語るお歴々はそろそろ眼をさましたらいかがか、と。

AppleiPadを発表しておきながら、iBookstoreについては全貌がみえてこないのはあたりまえなのだと思う。
つまり、iPadという製品にとって、iBookはそれほど重要なファクターではないのだ。
せいぜいで、KindleGoogleに対する牽制程度だろう。

iBookstoreが機能しないからだめだ、というのも、すでにiPhoneアプリとして書籍は売れている、というのもどちらもビントはずれ。
というか、電子書籍に対する妄執じみた思い込みのせいでデジタルガジェットに対する理解に欠けているというべきか。
あるいは、ちゃんとiPhoneを「使った」ことがないということかも、ねえ。

iPadとは「大きなiPod touch」である。それは正しい。そして、それこそがiPadの全てを言い表しているのではないかと思う。
「質」と「量」というのは、必ずしもねじれの位置にある概念ではない。場合によっては量の変化があるところを超えた瞬間に質的変貌
をもたらしたりもする。iPadはまさにその好例となる、と予言しておく。

iPadをみてがっかりして「オレはコンピューターがほしかったんだよぉ」とわめく人に僕はデジャビュを感じる。
9801の小さいのが出たときにも「拡張スロットがこれしかついていないなんて使い物にならない」と叫んだ人たち。
もちろん、彼らは拡張スロットを全部使い切るなんてことはまずしなかったわけだけれど。

「コンピューターで何をしますか」
何をしますか、本当に。メール、web、これはiPhoneでも十分。
書類作成、表計算、プレゼン、これはiWorksがiPadで動くので問題なし。
ほかになに?

Flashがないといやだとダダをこねますか? プログラミングできないといやだと暴れますか? そんな人はほとんどいないでしょ。
iPadは普通に「コンヒュータでやること」は全部できる。

Windowsじゃないから」といってMacを毛嫌いしていたような反応が、いまや「OSXじゃないから」といってiPadを嫌うというスタンスになっていて、とてもとても微笑ましいわけです。
ただ単に「大きくなった」だけ、で、iPadは独特の立ち位置を手に入れたのだと思う。
非力なネットブックで苦労するくらいならiPhoneOS上のSafariやiWorksで快適に仕事をするほうが前向きでしょ。

そもそも、みんなそんなに本なんか買わないのにどうして電子書籍がそんなに大事なポイントになると思えるのかが謎。
さらにいえば「本を買う」人たちは物質としての「本」に対する思いもあるわけで、そこから電子書籍というのも遠いでしょ。

もっとも、「電子書籍にトラウマチックに反応する連中」というのは「あるふぁあぶろがあ」とかにも多そうだから、
安上がりに宣伝効果高めるためには「電子書籍のほのめかし」は賢い手法でしょうね。

#その証拠に食らいついた人の多かったこと(笑)

あと、もし本当に電子書籍がこれからの時代に「くる」のならば、そういう世界では『闇の聖母』のような物語はどうなるのかとか気になります。攻殻みたいになったらがっかりだけど。