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京都大学のカンニング事件

拍子抜け。
事実は想定のはるか斜め下にありました。

だって、
受験生が会場で試験時間中えんえんと携帯いじって、問題をとりこんで知恵袋でやりとりして、ということが「可能な試験会場」であった、という「だけ」のはなしでした、と。
いくらなんでも天下の京都大学の入学試験で、試験中に携帯いじり続ける受験生を見逃す「はずがない」から、共謀者がいるのでは、とか、中国で使われているような小型カメラの中継システムが、とか考えていたら、なんのことはない、たった一人がたった一台の携帯電話を有効利用しただけでした、と。
マスコミですら「そんなちゃちなオチ」は想定していなかったわけで。

「隅の席だから、机の下で左で携帯使ってました」を見過ごすとか、あり得るかいな普通。
試験監督の人、「携帯電話」という物体の存在くらいは知識としてもってましたよね?
よーかんだと思ってたとか?

未成年に刑事罰をあたえよとうしている京都大学の原動力は、その試験管理のおそまつさをごまかしたいというところにあるのだろう、と思わざるをえません。

偽計業務妨害で、入試システムの信頼を根本からゆるがす、という言い草は、最低限の試験管理をした上で、さらにその裏をかくような悪質さが計画されていた場合であるはずで、座って、解答に自信ないから携帯でネットにききました、なんていう行為が余裕で看過されているような試験会場がなにをいってんだか、と。
信頼するにたる入試なんかそもそもしちゃいないくせに何を偉そうに、と。

試験中の不審行動をまるのまんまみのがしておいて、あとからあたふたするというのは見苦しいにもほどがある。実際、カンニングというのは基本的には現行犯として処遇しないといけないたぐいのもので、「現場をおさえる」ことができないとたとえ答案があやしくてもつかまえられない。
事実、「目の前でカンニングペーパーを見つかった学生が、その場でペーパーをたべてしまった」ために処分できなかった、という(学内の試験だけど)例も他の大学ではあるくらいで。

今回の件は、一言でまとめるならば、

京都大学の試験監督、仕事サボルなよ」

で終わりでしょ。

てめぇの無能力をごまかして未成年に前科つけることでなかったことにしようたあ、いい神経してやがる、と。カンニングが悪くないとはいわないけれど、でもこれはやっばりある種の責任転嫁でしょう。
窓辺の丸見えの場所で裸で立っていたら道行く人に見られた、とプライバシーの侵害を主張しても「そもそも丸見えの位置にいたのはおまえじゃん」となるのと似た事例なのではないかねえ。

これね、ようするに「他の方法でのカンニングもやりほうだい」であった、という事です。
時間中にえんえんと携帯いじってて見つからないのなら、何をもちこんで何を見ていても
みつかりっこない。こんな試験会場なら、なんでもできますよ。

「その程度の試験管理」しかしていなかった大学の怠慢は、まさしく京都大学という存在に
対する社会的存在価値、あるいは一般市民の期待する信用を大きく裏切るものであったという
こと。

大学のプライドだけでこんな大騒ぎして、恥ずかしくないのかね。
大学の自治とか以前の問題。ようするに、ここでもまた「王様は裸」であった、と。

なんか、すんげーくだらない事件でした。
というか、京都大学、独立法人になってどこまで質を落としたのか、と。
偽計で訴える暇があるなら自らを省みて、最低限の試験監督業務くらいこなしなさい。まったく。

もしかすると、この受験生は京都大学に対するあこがれを持ちすぎたのかもしれないけれど、
まさしく今回の一件でそのあこがれは、現実に上書きされたかもしれません。
こんな程度の低い大学、それでも行きたいですか?と。

P.S.
懐かしくなって「試験あらし」で検索していたら、最近の人は「カンニンgood」のほうが
なじみ深いのですね。

P.P.S.
京都大学があんだけ大騒ぎしているなか、同様の「ヒガイ」にあった同志社では、
「大学側が受けた被害も軽微だと判断」とのこと。
ま、どちらが大学としてより文化的、教育的かつ品格ある判断であるか、は自明でしょうね。