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空海 [妖猫傳/LEGEND OF THE DEMON CAT](知識と教養が試されます)

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 夢枕獏作品、というのは久しぶりに見る気がする。「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を略すにしても「空海」はないでしょうが、という気はしますな。原題の方がよほどちゃんとしてる。しかも、国内で流れていた予告編もそのあたりはこそこそと隠していて、あたかも「日中合作の大作、空海の若き日の物語、歴史上の有名人もたくさんでるよ」、だったので、たぶん邦画界は「映画の中身」はどうでもよくて、そのあたりの宣伝でふわふわと足を運ぶ層からチケット代をむしれればいいのだろうなあ、と。だって、夢枕獏が悪鬼についてつむいだ物語なのだからさあ、わかるでしょ?みたいな。

 さて、弩級の夢枕ワールドでした。まず、原作を知っているならば、尺の都合で略された途中の場面に思いをはせこそすれ、あの初期の怪異譚夢枕の映像化という意味において満足せざるを得ません。黒猫、泣けます。さらに、沙門空海についても、若干、俳優の演技の硬さはあるとはいえ夢枕作品のペアとして白楽天とうまくコンビを組んでみせているし、「どうしてあんなに短期間で祖国に帰れたのか」についてまで物語が及ぶようにできている、という秀逸さ。「若い頃の空海を見たかったのに」というスタイルの苦情を行っている人たちは「自分の頭の中の弘法大師」以外のものを受け入れる余裕がない人たち、なのでしょうかね。松坂慶子には若干の蛇足感があったけど、火野正平の扱いもずるい。空海の師匠(誰?)として、「この歳になっても煩悩からのがれられぬ」なんて言わせちゃう。こういうのこそ、邦画で撮るべきしろものでしょうが。

 宴のシーンでのファンタジックな大道芸感もすばらしい。チェン・カイコー監督のスタイルが炸裂して、はっきりいってグレイテスト・ショーマンなんかよりもずっと目をみはるシーンの連続です。総じて、むちゃくちゃ面白い。長安の風景なんか、今の西安を知っていればそれだけすさまじさがわかります。角川はもう国内でのものづくりはやめたほうがいいのではないかしらね。

 さて、このむちゃくちゃ面白くて泣ける超娯楽大作ですが、問題が一つだけあります。それは、「観客の教養を試される」という一点。これ、物を知らないとなにもわからずちんぶんかんぷんなまま取り残されてRadwinpsの曲まで押し流されるのでしょう。最低限、中国の歴史、日本の歴史、漢詩の世界での李白白居易阿倍仲麻呂の生涯、清平調、長恨歌玄宗皇帝と安禄山安史の乱楊貴妃、あたりについては「知っている」ことが大前提です。とはいえ、全部日本では初等教育中等教育できっちりおさえてある範囲なので、ちゃんと学んできてさえいれば何一つ問題はありませんけど。まあ、長恨歌をそらで言えるくらいの記憶を維持していれば(みんな試験対策で覚えたでしょ?)、猫が白居易につめよる気持ちもよくわかろうというものです。ちゃんとしたものを楽しむにはそれなりの知性と教養が必要なのだ、という、極めてごく当たり前のことを再確認させられる作品でした。これ、楽しめなかったと言う人は「自分がどこの何を理解できなかったのか」を整理して、小中高校の教科書を見直しておくとこれから先の人生に役に立ちます。きっと。
 強いて善意で解釈するならば、配給会社は「日本人の知性」を高く見積もり過ぎていた、のかもしれないなあ。

 李白のシーンのどこかに「大地の歌」の第5楽章とかがかかるかな、と思っていたけど使われなかったのが残念。あと、せっかくだから杜甫もなにかに絡めればなあ、とか思ってしまった。