Anything Goes (again) ...

Yahooブログから移りました

*mgrckのjsjlツアー

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場違いになるであろうと覚悟を決めてのぞんだmeg rockのワンマンだったわけです。
一橋祭の時は日本におらず、インストアの時は仕事を抜けられず、三度目の正直、的な。

田町の駅から歩いてちょっとの会場に、時間が近づくとなにやらあやしげな集団が形成されていました。
その集団が、想像していたのとちょっと違う。
はっきりいって、強烈な場違いを覚悟していましたし、客の中での最年長も自分だろうと思っていたら、
なんとどちらも「はずれ」。これは、相当に不思議な感覚です。
meg rockのファンというのは、その中核が大学生後半から社会人サラリーマン(男性)だったのか…
平均年齢、高いんです。

周囲の会話を聞いていて気がついたのは、女性ファンと男性ファンの間にかなりの温度差がありそうだ、ということ。特に、若い女性ファン(少しはいました)は、他のタレントや声優のコンサートと勘違いしているみたいな雰囲気もあったりしてなかなかに痛々しい。「meg rockちゃん」呼ばわりというのも…どうみても日向めぐみのほうがあんたよりずっと年上だろうに、と。

meg rockの曲の魅力の一つはそのガーリーボイスに対して妙に練り込まれた歌詞の対比です。
ほのぼのしたやわらかな語感にくるまれた深い諦観やそれを背負ってなお前に歩みをすすめようとする意思。
だからこそ、「続く世界」から「空色デイズ」までの三曲は連歌としてしっかりとした物語をつくっているのですし、それこそ「ヒトリジメ」の時からmeg rockを、いや、日向めぐみを貫いている軸の一つです。
それは、一つには幼少時に国外を経験しているから(これ、言語に対するセンスというか嗅覚が磨かれるんです。言葉のシンボリックな世界を実感としてとらえることができるようになる、というか)でもあるでしょうし、メロキュアというすばらしいユニットの歴史も強く影響しているでしょう。でも、それ故に彼女の曲には常にどこか太い骨格があります。

それが、シンブルな「わかものうた」「オンナノコウタ」ではないが故におそらく男性ファンがこれだけつく。
「君のこと」なんか、聞き込めば聞き込むほどよさがにじみでてくる歌詞なんですが、若い女性ファンの一人はそれがだめなんだとぼやいたりしています。ようするに、「かわいいガーリーボイス」こそが彼女らにとってのなんらかの居心地の良さなのであって、「片思いでもいいから」というシチュエーションは拒絶の対象でしかないのかもしれません。だから、歌詞としてはいつもハッピーエンドな幻の恋愛ゴッコでないと許容できない、わけです。おもしろかったのは、中川翔子に提供している曲についても辛口なこと。そのあたりになると曲の内容ですらなく、「ギザギザいっているから嫌い」で終わってしまっていました。曲調としては、porcupineなんか、まんま同一系統なんだけれどねえ。

#まあ、そういうことをしゃべっていた等の女性はどうみても甲高い奇天烈な声を「作っている」
#いわば控えめにいってもちょっとばかり「イタイ」方でしたから、人前でのポーズだった
#のかもしれませんが…興奮すると声つくるの忘れて一瞬素の地声にもどるあたり、
#そんな無理をしなくても、と他人事ながら心配になるほどでした。

まあ、そんなごたくはいいや。

とにかく、ほんの目の前のステージで、いつもiPodで聞いている曲を本人が生で歌っている、というだけで、きたかいがありました。シャウト時の声量なんか、CDではわからない部分で、これなら、螺巌編の曲はmeg rock本人が歌っても大丈夫なんではないか、とか思います。まあ、基本的な声質が中川翔子とは違うのでむずかしいのかもしれませんが。いつもいうことだけれど、他人に提供した曲をmeg rock本人が歌い直したCDというのを出して欲しいです、ほんと。

基本的な曲はほとんど全部歌ってくれました。「ふたりの世界」がはさまったのはうれしい誤算。
1月発売のシングルの裏表とか。

そんなにmcをしないのも好感がもてます。「おあつまり」と「おまつり」あたりは、シンボルらしくてあれです(笑)。

グッズは、ストラップを買ってきました。Tシャツは、黒があれば買います。
「ラチとライオン」はとても懐かしい話題でした。あの小さなライオンのしっぽを。
ライナーの最後のページにリンゴの皮があるのかな。
「笑顔の理由」つながりで黒いシャツも次にはつくってください。

二時間ちょっとが一瞬でした。で、ツアーのタイトルどおり、時差ぼけを感じつつ、田町の駅までむかったわけです。