Anything Goes (again) ...

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エヴァQには毛が三本生えてニンゲンになれるかな、的ネタバレありな感じ

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序はTVシリーズベースにそっと新要素だしておうかがいをたてただけ、
破は「ファンがどうせ見たがっているのはコレだろ」的な露骨なサービス満点で銭をかせいで、
Qでようやくやりたい事やっていますぜ、と。TVシリーズの「再話」という意味では洗練されているしうまいことやったと思う。というか、いまのところ新劇の中で唯一「おもしろかった」のがQ。最初のTVシリーズ見ていたときの感覚。
初日を出張先の盛岡のレイトで見て、面白かったので地元でもういちど仕事帰りにみてしまった。あんなに惰性で序と破を見ていいかげんげんなりしていたはずなのに、今回のQは二回いってしまうほど面白い。ファン媚の象徴みたいな「男らしいシンジ」も「ポカポカ綾波」も存在しないので安心して楽しめたし。
あるいは逆に、前作の「男らしいシンジ」や「ポカポカ綾波」によってエヴァ作品自体の評価が最低ラインまで堕ちていたので素直にQをたのしむことができた。かもしれないけど。

・「ネタバレ防止」はいいけど、ニッセンの袋にいれるのやめてよ、パンフレット。そして、シリーズ映画なんだからサイズくらいそろえろよと、小一時間(笑)
・正直言っていつものネタ的な説明不足はあるけれど「楽しむ」阻害要因にはなっていない。いままでみたいなファンに気色悪く媚びる部分が少ない分、気持ちよく見る事が出来た。
・今回のシンジの一番の見せ場はやっぱり「綾波、ここだ!」でしょう。
・でもあの時、ヴンダーの中の「本物の綾波」はシンジを無視していたんだよね。
・破にでてきたネブカドネザルがアダムという設定が生きているのならば、あれがカヲルのはず。
・「第一使徒の僕が13番目に落とされるとは」か。そして「あるはずのない13番目の使徒」と。
・カヲルは露骨にピアノの上達で「世界の繰り返し」を説明していたな。
・冬月も将棋の時に「時間と世界の繰り返し」を教えていたな。
・アスカの人外な力というやはり使途化かね。ビースト化したときに両目光っていたし。
エヴァの呪いって「親が子離れしない」てやつか。
・初号機は「心を持った」レイがとりこまれたのでシンジがいなくても当面は安定動作、という感じ?
・初号機に「ユイとレイが取り込まれている」こともゲンドウの計画ということは、冒頭からの展開も計画の内、ということになるなあ。
・ヴンダーにはエントリープラグが五本ささっているけど、組織の立場上チルドレンを新たにもってくるのはむずかしいだろうし、あれも中は綾波シリーズかも。だとすると、「3番目」と「9番目」の間の五体があそこにいてユイをうまくごまかしているのかも。
・破でMk.6が投げて初号機を貫いたのがカシウスの槍、だから、そのままだと初号機共々槍はヴンダーの中のはず。
・えーと、「ガイウスの槍」もありうるわけか。
・そもそもロンギヌスの槍は量産型のための複製ができていたので、カヲルをミスリードしてガフの扉をシンジに開かせるために用意してあった、あたりかな。
・2号機は着せ替え人形、てか、サンダーバード2号。
・マリって歳いくつさ。マシンハヤブサ歌えるとか。
・「ゲンドウくん」「綾波オリジナルへの言及」「挨拶くらいしていきなさいよ」冬月の示した写真の右手前、から、マリはユイの同僚と思われ。ただ、どのエヴァにものれる、とか破での登場の流れからゼーレから送り込まれてユイにエヴァをつくらせる立場だったとかか。チルドレン、ではなく、エヴァ全ての母親みたいな気配。サルベージされて14歳の姿で復元されたとかかいな。
庵野やりたいほうだい、この一言につきる。
で、
・「ガフの部屋」って本来はヒトの魂の宿る場所だったはず。で、4thインバクトふせぐために「ガフの扉を閉めなくてはならない」というのはどういうこと?実はこの世界全体が誰かの魂の箱の中なのか?だとするとシンジあたりが怪しいけれど。
・ラストシーン、「ここはL結界濃度が高い」から「リリンのこれるところまでいく」というアスカのセリフ、人間サイドのものじゃないよね。てか、カヲルがシンジを下に連れて行くときも本当はシンジの防護服はいらなかったんではないか、と。
巨神兵、口からメカだすなよー
・セリフは舞城だったのか、どうりで、という感じ。しかし、特撮の最期みたいな作品だった。犬くらいもうすこしちゃんと動かせばいいのに。ひたすら携帯を向ける人間をえがいたのは「ゲンダイのワカモノの無関心」みたいなフーシのつもりですかぁ?へー、そー、みたいな。(ようするに陳腐なんだよ。クリエイターのマスターベーションのレベル)
・「14年間」の重さをもう少し表現できれば良かったかもしれないよね、これ。
・14年間変わっていない呪縛とは、序や破で喜んでいたエヴァファンに対する庵野の批判だ、という意見を見て、それもアリかも、とか思う。ただ、今作はいままでと違って庵野の「楽しさ」みたいなものも感じるから結果的にそうなったのかな、と。
・とはいえ、前回の破につづいて庵野を暴走させないように監督が三人掛かりでまとめあげた、という感じではある。そのおかげで作品としてのまとまりはそれなりになった、ということかな。
・そもそも、庵野って「自分のつくりたいものをつくりたい」人だったはずで、それがエヴァみたいな大作にふりまわされて「ファンの見たいモノ」を意識した作りをしなくてはならなくなってしまっていたことこそが「呪縛」なのではないかねえ。
・作品に触れてもりあがって興奮するファンのことは理解できても、「オレタチはコレが見たい!だからツクれ!」みたいなことを宣うファンのことを庵野は理解できないだろうし。それくらいならてめぇで作れ、てとこだろうしね。

 でも、「やっていることはまどまぎだよね」といわれないように、次回作ではまたなんかやらかしそうではある(笑)興行収入的にももう汚いファンに媚びたりしないだろうし、ね。