Anything Goes (again) ...

Yahooブログから移りました

ガッツウィング1号

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一週間延期された円谷もの。
ポピニカと並べてみましたが、さすがに値段の差の分できはよいです。ちょっと大きいんだね。
ギミックは、先端がはずれない(そりゃそうだ)かわりにコクピットが開く、くらいかな。
イメージとしてはシャープでいかっぽさがよくでています。
次はEXではなくてSSですか。山瀬まみの旦那おおよろこびだな。

同時にでたActのティガはヨドバシ数カ所で売り切れ。キリエロイドは売れ残っていてかわいそう。
結局、地元のヨーカドーでティガも手に入ってちびガッツウィングも三機になりました。
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小林8位でポイント獲得。ザウパーだけワンストップってピレリとの相性がいいのかね。
ベッテルの安定感に感心したり、「カワイチャン」のあいかわらず不愉快極まりないぐだぐだっぷりが鼻についたり。Nextなんて見てる奴少ないから手をぬいていいだろう、という感じだな、カワイチャンは。以前フジテレビとCSとでしゃべり方がひどく違ったときとなにもかわってない。今宮さんもあんまりおさえないし。

とおもってたらザウバー失格?
なんだかなあ。
琢磨は初戦五位ですか。
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特リボのアイアンマン、再販は5月末から6月なんだとか。
でも前後して昭和のガメラとギャオスがでるのでそちらを待ちつつ、みたいな。
トトとジータスは?
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1:100デュランダル、シールのすけがひどいな…
かといってちゃんと塗装する気になるかというと、お手軽感優先なので今回はシールでいいや、と。
やっばりアニメ版のスタースクリームの人に見える(笑)
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石巻復興のシンボルに使うのならやっばりおっきいモニュメントがいいと思うけれど、そうすると石ノ森原作だと17かJしかないんだよね。この際だから17の要塞型とか実物大で作って内部を非常用倉庫みたいにしておくとかはどうか。
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ホルミシス対LNT仮説とか。
なんかどっちもどっちなんじゃないのかとか思えたり。
割とちゃんと科学教育受けているはずの人ほど「LNT」を仮説ではなく立証された前提として考えている感じがするけどどうですか?たぶん、RIの講習とか受けたような人は放射線なんだからしきい値がないのは当然とか思ってそう。
そういう人が、普通の人とはなしをしている時に、やっばりしきい値のないものですからねえ、気をつけるに越したことはないのでは、とか言うのを見ていると悲しくなる。あなたが不安を倍増させてどうするのさ…
ちなみに温泉だと温泉のお湯1Kgあたり111ベクレル以上、というのが放射能泉の定義だそうな。
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義「捐」金だよ。義「援」金ぢゃないんだよ。
「捐」の字の意味を考えたら「援」の方は使いようがないとおもうのだけれど、なんか、「そうともいう」感じになってきていて気持ち悪い。
ボランティアは義勇軍なんだよ、慈善事業じゃないんだよという時と同質の対偽善的気持ち悪さを感じます。
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いやね、テレビにでてくる「専門家」の人たちの連日連夜のコメント聞いているとどうしてもスネークマンショーを思い出してしまうわけで。R60はいーいタイミナングですなあ。

放射能が降ってくるというんですけど、子供を外であそばせても大丈夫でしょうか…」
「大丈夫です。 心配ありません。 お大事に」
「あとですね、水道の水からも放射能がでてくるみたいなんですけれど、これでお味噌汁とかつくっても大丈夫なのですか」
「大丈夫です。 心配ありません。 お大事に」
「あと、あと、野菜や牛乳も放射能で汚染されて出荷停止されたとかいうじゃありませんか。わたし、もうこわくてこわくて」
「大丈夫です。 心配ありません。 お大事に」
「でも先生、うちの子が毎晩泣き止まないんです。これって、もう放射能の影響をうけてしまっているんじゃないかと思うと」
「大丈夫です。 心配ありません。 お大事に」
「それに先生、うちの子は保育園でもほかの子から仲間はずれにされているみたいで、保育園の先生に言ってもとくに問題ありませんとしかいわれないし、でもぜったいいじめにあっていると思うんですだって昨日だってお弁当箱の中に「大丈夫です。 心配ありません。 お大事に!
「でも先生」(がちゃん)「先生っ、せーんせーい!!」

みたいな。懐かしいから帰ったら聞こうっと。
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柴谷篤弘先生、90だったのですか。
池田清彦の進化論の本が出た直後、というのもまた奇縁というますか…
構造主義生物学というのは「構造主義ポスト構造主義というはしか」を生物学の中でも扱ってみようとしたこころみで、特に思想的に脆弱な研究者が多い理系分野では独特のものです。
わかりやすさ故に理解されにくい、という側面もあったり。
もちろん、反対する人もそれなりにナイーブすぎたためにあまり建設的な反論もでず、マイナーな位置におかれていますし、池田清彦の書くものもそのあたりについてはあまり補強になっていない感じ。

ただ、ある時代を斜めに見続けた柴谷さんのスタンスというのは結構興味深いものがあるわけで、時系列で著作を読み直してみるのもいいかもなあ。
学生紛争の時代から分子生物学、遺伝子生物学の時代までを俯瞰できるはず。
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しかし、構造主義生物学の系譜が構造構成主義に受け継がれている、と池田先生は断言しちゃうんですか…
まあなにがしかの実用性はあるかもしれない、ですけど、これまた思想界のはしかの追認をしているだけのような悪い予感がする。
と、いうか、たぶん構造主義生物学に対する「現実的な側面がなにもない」といったナイーブな批判が、実は結構きいちゃってた、のかもしれません。
でも、それはひよったことになるのでは?とか思います。どんなんだろう。
と、いうか、池田・西條ラインが構成主義に流れたのだとすれば、相対主義をその足場にすえなかった理由をきいてみたい。たぶん、僕の予想というか想像では彼らの中のナイーブなサイエンティストの部分がなにかに耐えられなかった結果ではないか、とか思っているのだけれど。